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都会と田舎の距離感を描く物語

映画『君の名は。』(16/新海 誠監督)回想シーンの演出やポカリスエットのCMを手掛けた日本画家・四宮義俊と、『犬王』(22)「平家物語」(22)で知られる竹内文恵プロデューサー。後に『花緑青が明ける日に』で共闘する両者がファーストコンタクトを果たしたのは、四宮が2018年に手掛けた監督作「トキノ交差」を通してだった。渋谷スクランブル交差点の街頭ビジョン4面をジャックして放映された画期的な作品であり、日本画とアニメーション、実写を融合させた手法も大いに話題を呼んだ同作。そのスタッフを介して"交差"した二人は、竹内Pが沖田修一監督作『おらおらでひとりいぐも』(20)のアニメーションパートを四宮に相談したことで初コラボレーションを実現させる。一方、四宮監督は2016年頃より『花緑青が明ける日に』の企画開発を進めていた。

「地元の花火大会が00年代になくなってしまい、地域に根付いた文化イベントがなくなるんだ、と驚いたことが構想の発端でした。『ずっとあると思っていた』ものが消えていくなかで、地元に戻る動機がなくなったように感じて、都会と田舎の距離感を描く物語の骨格が少しずつ出来上がっていきました」(四宮監督)

しかし、各スタジオや映画会社を回るもなかなか実現には至らない状態が続く。そんな折、2022年中頃に竹内Pに提案したところ好感触を得られ、プロジェクトが動き出すことになる。

四宮監督自身が声も吹き込んだ自作のVコン(ビデオコンテ)を観た竹内Pが提案したプランは、大きく分けて2つ。1つは、劇場用長編として海外映画祭はじめ各国の上映も見据えて作ること。そしてもう1つは、彼自身の作家性をより前面に押し出すことだった。「Vコンを拝見した際、これまでに回られた配給会社のオーダーに応える形で調整した部分がいくつか見受けられました。ざっくりいうと『綺麗な音楽に乗せたボーイミーツガール』的なフォーマットに沿っていたのです。当時のマーケットの需要的にはそれがセオリーだったのかもしれませんが、私はそれだと埋もれてしまう、長編1作目を作る以上は監督の世界観が突き抜けていないとお客さんにも届きづらいと考えました。そこで"ご自身が普段考えていることやテーマに近いところに落とし込んでいくのはどうでしょう"というご提案から、会話を始めていきました」(竹内)

フランスの気鋭スタジオMiyu Productionsとの共同製作

プリプロダクションが進む中、2023年の新潟国際アニメーション映画祭でのエマニュエル=アラン・レナール、ピエール・バウサロンと竹内Pの出会いをきっかけに、フランスの制作プロダクションMiyu Productions(『めくらやなぎと眠る女』(24)『化け猫あんずちゃん』(24)ほか)との共同製作が決まる。本編中盤のチッチが酩酊するシーンをストップモーションで表現したいと考えていた四宮監督は、Miyuと相談し、パリを拠点にMVや短編アニメーションで活躍するストップモーション作家ヴィクトル・アジュランが参加することとなった。

一方、四宮監督は、前述した実体験と自身のパーソナリティを混ぜ合わせながら「家業が花火師である兄弟」「開発によって失われていく自然」といった本作の骨格となる部分をさらに強化。企画の原点に立ち返る案が功を奏し、2024年・第77回カンヌ国際映画祭マルシェ・ドゥ・フィルムAnimation Dayのアヌシー・アニメーションショーケース(制作段階にある新作のプレゼンプログラム)における5作品の1本に選出。各国の映画関係者へのアピールに成功した。

通常の制作フローとは異なる専用の"四宮シフト"を構築

Miyu Productionsも交えた制作段階で特に時間を要したのが、キャラクターの作り込み。「どうやったらお客さんに好きになってもらえるかを何度も話し合いました。特にメインのキャラクターになる敬太郎は自分のやりたいことに突き進みつつ、ネガティブなエネルギーで周りを動かしてしまう一面もあるため、バランスが非常に難しかったところです」(竹内)。観る者をイマジネーションの渦に呑み込む色彩豊かな映像表現に関しては、竹内Pからリクエストを行うまでもなく「最初から四宮さん節が爆発していた」とのこと。「脚本の改稿作業と並行して最初に四宮さんが仕上げたのが、世界観を象徴する敬太郎たちの家のビジュアルです。アニメにおいては美術を中心に活動されてきた四宮さんならではの新鮮かつ説得力のある空間で作品全体を引っ張っていく意志を、強く感じました」(竹内)

幼い頃より建物に惹かれていたという四宮監督は、「伝統的な木造建築って段々と身近なものでなくなってきてるような気がします。それらを描こうとするとのっぺりとした水平性、垂直性のみの要素になりがちで、本来はその中に生活の場があり、雑然とした構造体としてのギミックにもあふれています。本作では屋根の厚みや破風(はふ)の描写はもちろん、木や土や瓦に石、銅板に鉄といった材料の表情の違いにもこだわりました。日本画自体が石や植物、貝殻などを画材として使うジャンルであり、日本家屋の構成要素と共通するところがあります」

また、植物に対しても並々ならぬこだわりを持つ四宮監督。自分が描くからには『花鳥風月(美しい自然風景を楽しむ)』や自然描写をおろそかにするわけにはいかないと思ってました。ただ、アニメはどうしても量産しなければならないため、労力削減のために森や植物が犠牲になりがちです。なので植物に関しては粗密が大事だと思いました。記号的に描く部分と細かくこだわるところとの温度差で独自性が生まれると考えました。劇中に登場する草木の固有性や、その地域に生えているものなのかが同定できそうなもの、在来種なのか外来種なのかも物語の場面によって使い分けています」(四宮)

自身の中に確固たるビジュアルイメージを持っている四宮監督。アフレコにおいても、劇伴の打ち合わせにおいても「ひと筆ひと筆を見るように進めていく」タイプだと竹内Pは評する。そんな四宮監督がイマジネーションを最大限発揮できるよう、従来のアニメーション制作とは一味違った「作り方そのものを一から柔軟に考えていける」専用のチームを編成した。

「デジタルでの着彩・仕上げ・コンポジットといった最後の工程でも四宮さん自身で細かく調整をかけていく作り方は、アニメーションづくり―での分業制のシステムにうまくフィットしないところもあり、通常の制作体制では最大出力を発揮できません。そこでスタジオさんに四宮さん専用のラインを組み立てていただき、四宮さんと協働経験のある美術さんやアニメーターさんに入っていただく形を取りました」(竹内)

その一人が、「アニメの美術を習った先輩のような存在」(四宮監督)という美術監督・馬島亮子。『君の名は。』などでも現場を共にしている。本作では、初期は東京パートの大学や建物、高速道路などの人工物を中心に担当してもらい、また敬太郎たちの家においては、各々の得意分野をミックスさせる形で進行させていった。

手法においても、デジタルとアナログのミックスに挑戦。全体的にはデジタル環境で制作しつつ、四宮監督自身がSNSを介して出会ったというマルチプレーン・カメラを用いたアニメーションユニット「SUKIMAKI ANIMATION」や、ストップモーション作家ヴィクトル・アジュランと組み、伝統的な手法を組み合わせた。また、国際アニメーション映画祭「ひろしまアニメーションシーズン」で開催したワークショップの参加者に協力を仰ぎ、プロによる職人芸とアマチュアならではの"味"を融合。これらの背景には、「人が線を描くときのエラーが魅力になり、感動につながる」という四宮監督のアイデアが息づいている。

等身大性、身体性を役に付加した萩原利久と古川琴音

制作過程も独創性の強い『花緑青が明ける日に』は、キャスティングにおいても同様。「自分たち親世代が作った若者像ではなく、キャラクターと同世代の感覚を入れたい」「身体性や偶発性がなるべく入る声の設計にしたい」という四宮監督のリクエストを受けてオファーに至ったのは、共にアニメーション声優初挑戦となる萩原利久と古川琴音。老舗の花火工場「帯刀煙火店」の次男・帯刀敬太郎と、地元を離れて東京で暮らす幼なじみ・式森カオルを託された。

映画『3月のライオン』(17)で萩原利久と組んだ竹内Pは「萩原さんは重層的な声の響きとナイーブで内省的な印象が強いですが、コミカルなお芝居との切り替えも巧みな方」とその魅力を語る。「四宮監督はリアルな心情のお芝居と記号性のバランス調整を重視されていました。心情的にはシリアスなシーンでも、作品の雰囲気が重くなりすぎないように多少コミカル/軽やかにしたい、というオーダーに対し、的確に応えてくれました。また、敬太郎と父親のぶつかり合いのシーンにおいて私たちは"大人から見た素直すぎる子供像になっていないか"という懸念を持っており、敬太郎と世代が近い萩原さんとディスカッションを重ねながら調整を行っていきました。最終的に良いところに着地できたと思います」(竹内)

古川に対しては、「お客さんがカオルを好きになってくれるかは、古川さんの声とお芝居にかかっていると思っていた」という。「カオルはともするとフラッと出戻ってきた芯のないキャラクターに見えてしまうのではないかと心配でしたが、古川さんの声のおかげで周りを思いやる気遣いと、カオルなりの一本気で凛としたバランス感覚を見事に表現してくれました」(竹内)

萩原同様、古川もキャラクターを深く理解し、セリフの言い回しを提案するなど積極的に参加。食卓を囲んでカレーを食べるシーンは、古川の提案でよりカオルらしさが深まるなど、アフレコ時にリアルタイムで肉付けが行われていった。

四宮監督は「重視していたのは、「どこまで遠く届く声なのか」でした。それは単純な声量という意味ではなく、小さくても「あなたに向けて喋っていますよ」と感じられる声を求めていました。大事なセリフほどひょっとしたら小さな声の方が伝わるんじゃないかと、ウィスパーに喋っても身体性を感じさせてくれるような声の方にやっていただけたらと思っていました。」と振り返る。「萩原利久さんも古川琴音さんも、そう言った意味ではとてもピッタリとハマっていただけたと思っています。声を聞けばその人となりまで感じさせる身体性が宿っていましたし、「これが敬太郎とカオルの声なんだ」と思わせてくれるようなほかに代えがたいものでした。アフレコのタイミングが早めだったことで、お2人に声を当てていただいてから絵の密度を上げられたのもありがたかったです」

萩原と古川に加えて、敬太郎の父をNHK連続テレビ小説「虎に翼」(24)やテレビドラマ「エルピス-希望、あるいは災い-」(22)等で知られる名バイプレイヤーの岡部たかし、敬太郎の兄で、市役所に就職した千太郎(チッチ)を「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(11)『言の葉の庭』(13)『映画 聲の形』(16)の声優・入野自由がそれぞれ演じている。徹底的に登場人物の瞬間の心情を掘り下げつつ、リアルとフィクションを絶妙な配分で調合していく四宮監督の演出に応えるにあたり、百戦錬磨の入野も自らテイクを重ねて繊細なバランスを追求していった。

「チッチは、主役2人のポジションをある程度説明してくれる狂言回しのようなポジションです。物語の方向性をガチッと方向づけてほしくて入野自由さんにお願いしました。アニメーションのフォーマットに落とし込みつつ、萩原さん・古川さんに呼吸を合わせていただけて心強かったです。岡部たかしさん扮する父の温度感は、非常に重要でした。リアルなのかコミカルなのか、高い声なのか低い声なのかで作品のテイストが大きく変わってしまう気がしていたので、主張しすぎる訳でもなく、それでいて個性を出せる岡部さんのお芝居にはとても助けられました」(四宮監督)

等身大だがドラマティックに心に響く声のアンサンブルに、耳を傾けていただきたい。

ソーラーパネルが象徴する両義性

震災以後、仕事場の眼前に広がる原っぱに突如としてソーラーパネルが敷設され、当時はどう捉えて良いのか分からなかったという四宮監督。そこから「新しいエネルギーの流れに否応なく飲み込まれていく若者たちの話にしよう、とキャラクターの輪郭が見えていきました」というが、失われていく風景を惜しみ続ける懐古主義的な道筋を歩ませなかった。いたずらに排除するのではなく、そこに新たな価値や美が宿る可能性を見出そうとする意図も込めたのだ。四宮監督は「共存」というキーワードを口にした。最大公約数的な利益か個別具体的な小さなコミュニティの伝統か、「ゲニウス・ロキ(地霊。近代の建築においては、その土地柄における自然な表現を重視する理論を指す)」や「時代の流れの中で、その土地が持つ固有の価値(歴史・地域性)を再定義する」テーマが根底に流れている。今回の作品でそのキーとなるのが、ソーラーパネルだ。

「例えば作品を作ると、どうしてもゴミは出てしまうものです。でもその一方で、小中学生の図工の時間は貴重なものでもありますよね。アートやエンタメと呼ばれているものでも有害な要素が全く含まずに行うことはできません。それらはもう取り外せない要素の一部だったりする。作ることと作らないことのどちらがプラスなのかは僕たちに常に突き付けられている問題です。エネルギー問題に照らして言うと、発電施設を建てられ多くの人々が豊かな生活を送れるけれど、その土地に暮らす人たちの伝統や風景は変えてしまう。多くは山野に関わる風景だったりする。身もふたもない言葉ですが、全員が納得する答えは出せない。時代の要請で変わりゆくものの中でも形を変えながら伝えていける伝統もあるのではないかとそれをアートの力で表現しようというのが本作です」

最注目の次世代アーティストimase、音楽家の蓮沼執太の参加が実現

主題歌アーティストとして白羽の矢が立ったのは、TikTokで火がつき、2021年にメジャーデビューするやポカリスエットやマクドナルド、キリン、資生堂、GUといった名だたる企業のキャンペーンソングに起用されるなど破竹の勢いを見せてきたimase。「キャラクターに近い世代の方にエンドロールを飾ってもらいたい」という制作陣の意を汲み、劇伴を手掛ける蓮沼執太がアレンジで参加するかたちで主題歌「青葉」を書き下ろした。

※2025年8月4日よりimaseはアーティスト活動休止中ですが、本楽曲は活動休止前に制作されたものです。

2020年東京パラリンピック開会式やテレビドラマ「きれいのくに」(21)音楽等、多方面で活躍する蓮沼による本作の劇伴は、自身の標榜する世界観との相性の良さを感じ取った四宮監督からのリクエストで実現した。顔合わせの後も、2024年に東京・赤坂の草月会館で行われた「unpeople-初演-ライヴ・サウンド・インスタレーション」に足を運んだりしながら、蓮沼の空間全体の表現を体感することで、理解を深めていった。サウンドスケープ(音風景。空間/環境全体に流れる音、或いは特定の環境全体を使った音楽表現)的な活動を得意とする蓮沼は「四宮さんの色彩を音の響きとして捉えて輝かせたい」という想いで細やかな設計を重ね、自身の音を空間そのものに溶け込ませ、背景として深みを持たせている。

なお、四宮監督は「どこかチープさを残した表現にしたい」と劇伴において一風変わったリクエストを行ったという。その理由は、観客に対して敷居を高くしないためだった。クオリティはあくまで高めつつ、意図的に隙や余白を作るバランス感が必要と考えたのだ。「蓮沼さんには仰々しい音楽じゃなく、VHS感というかノスタルジックで飾らない音楽が欲しい、僕が通ってきた年代だと青春映画といえばシューゲイザーが鳴っていたあの雰囲気を残したいと伝えました」(四宮監督)

四宮監督は「日本画の醍醐味は、異なるマテリアルを一つの画面に収めること」と語る。『花緑青が明ける日に』もまた、多彩なルーツと個性を持つクリエイターが集結し、各々に才を発揮した一作に仕上がった。